言語ボイストレーニングのひとこま

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1対1で行う言語ボイストレーニングの様子です。このカリキュラムは「よくわかる失語症ことばの攻略本 ことば体操編」「よくわかる失語症ことばの攻略本 音読編」のテキストをすべて履修します。ご自身の問題克服が目的ではありません。遠方からお越しの方もいらっしゃるので、座学と実技合わせて1日3時間計2日間の集中講座となります。「とても充実した内容」「多くの学びが得られた」といった感想をいただいています。

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プライベートによる言語ボイストレーニング

言語のボイストレーニングは1対1で行います。

自分自身で目的を言語化、その目的達成の期日をしっかり定めることを最初のカウンセリングで行います。

「何のために行うか」。

これはとても重要なことです。習っているだけで満足してしまう方も多いのですが、それでは時間の無駄遣いになってしまいます。

「いつ実行するのか」。これも同様に重要です。

そうすることで意識がぶれず、行動できます。

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医療コミュニケーションに携わることになった理由

「言語」が生命体の中でも人間が獲得した宝物であること、コミュニケーションが集団生活をする上で必要不可欠でありそれなくして生きることは不可能であること、イメージの言語化の過程、言語化できないとはどういうことか等、私は体験を通して理解を深めました。アナウンススキルと独自のカリキュラムに基づき、話し方コミュニケーション、ボイストレーニングやセミナーを行っているのはそういった体験がベースにあるからです。

医療の現場に特化したコミュニケーション研究に携わるため東京大学医学系研究科公共健康医学専攻医療コミュニケーション分野の研究生として医療コミュニケーション学を専攻しました。仕事の関係上在席したのはわずか半年でしたが、その間に得たものはとても大きく、短い時間とはいえ大変意義のある期間でした。医学教育の中でコミュニケーション教育が喫緊の課題であるという確信を得たのです。

そもそもなぜ、医療コミュニケーション分野に関心をもったのかと申しますと、生番組担当中、脳梗塞を発症し失語症となったことが大きなきっかけでした。フリーアナウンサー、ナレーターを務め「言葉」で「伝える」ことを生業にしていたのに、一瞬にして「伝える」術を失い理解する神経回路は遮断されました。失語症はコミュニケーション断絶の病です。集団で生きる人間はコミュニケーションがとれなくては生きる意味を見失う。そのことも身をもって体験しました。

その後、滑舌訓練と速読練習によって発声までのタイムラグを縮小するための独自のリハビリ方法で生放送の現場に復帰しましたが、闘病中、コミュニケーション不在による大きな心の痛手を負いました。意志や感情はまぎれもない自分自身であるにも関わらず、会話がままならないことから周囲からは「無知のひと」と認識されたと感じ、殻に閉じこもりました。ありとあらゆる人とのコミュニケーションの中でなされる善意の言葉がけは失語症者をさらに追い詰めます。悪意がないということが最も重要な問題だと痛感しました。その後、医療の現場に置いては全般にコミュニケーションに大きな問題があることを痛切に感じました。

現在、NPO法人脳梗塞患者と失語症者の自立支援の会、コミュニケーション研究教育機関PLUS LIFE PROGRAM を設立し、コミュニケーション教育や、言語ボイストレーニング、失語症・構音障害の方の言語トレーニング、さらに、「医療」「健康」「農業」を柱にした活動をしていますが、「伝える」こと「伝わる」こと、真のコミュニケーションを築くことが私の人生のテーマとなりました。

アナウンススキルを軸にした実践的なコミュニケーション教育に力を注いでいます。

【沼尾ひろ子記】

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コミュニケーションにおける医療現場と医学教育の現状

「医療者として誇りと自信を持ってのぞんでいる。しかし、患者との接し方、コミュニケーションの取り方には正直言って自信がない」

「時間に追われて、外来患者としっかり向き合えない」

「真面目に対応しているつもりなのに、家族から詰問されてしまう」

「自分より目上の患者さんにどんな話し方をしたらいいのかわからない」

「言うことを聞いてくれない患者さんにどう言えばいいのだろう」

「告知する場面で悩む。医療者としてなのか、人間としてなのか。感情はあっていいのか、悪いのか」

「看護師とうまく連携がとれない」

「職場での医療者間同士のコミュニケーションがうまくとれない」

・・・etc

病院に一度もかかったことがない人間は日本にどれぐらいいるでしょうか。多かれ少なかれ、だれでも一度は病院にかかったことがあるのではないでしょうか。そのうち、医師に対して大いなる期待を抱いて受診するひとはどのくらいいるでしょう。

嫌な思いをしたことがないひとはどのくらいいるでしょう。思わずキレて怒鳴ってしまったことがあるひとは。あきれて何も言わなかったけれど、家族や友人にぶちまけたことがあるひとは。若い医師との会話がかみ合わなくて、困ったことがあるひとは。

 

「そんなつもりはないのに」。

医療者の本音。

問題はそこにあります。医療者が善意で言った言葉や気持ちが患者にまったく伝わっていない。伝わらないどころか悪感情を抱かせてしまう。

そのことが引き金で、訴訟問題に発展することもあります。

 

【医療者不信の原因】

何が原因なのでしょうか。それは、

医療の場が、一般常識や一般的言葉のマナーと全くかけ離れた特殊な場であること、医療従事者×患者間のパワーポジションに問題があるようにも思います。

どういうことでしょう。

・医療者間ではあたりまえの医療専門用語・身体的差別用語・パワーポジションによる話し言葉・マイナスワード これらが、医療者の間では疑問視されることなく使われる言葉であるのに対し、患者にとっては非常に不快な言い方であることに気づいていません。閉じられた空間でのみ認知される言葉は時に暴力であり、無意識が生み出す相互不理解は根が深く、言葉が文字としてしか存在しないことは大きな問題です。

また、患者は、なんて失礼な医者だろうと思っても自分の病気を診てもらう医師にそのことを伝えにくいという声を多く聞きます。無意識の悪意ほど根が深いものはありません。

医療者と患者との間に共通言語がないことはとても重要な問題です。

パワーポジションという視点では、医療従事者同士でも大きな問題があります。医師と看護師、医師同士の上下関係、医師と医療技師、内科と外科や外科とリハビリ科といった科同士・・・。

記憶に新しい医療事故ニュースがあります。内容はここでは書きませんが、まさに、医療者間のコミュニケーションがまったくとれていなかったことも一因であると考えられます。

「言葉」によって、正しく「伝える」。相手の伝えたいメッセージを正しく理解する。「伝える・伝わる」=信頼関係を築く。それがコミュニケーションです。

聞き方、話し方、訴え方、伝え方、見え方、相手の気持ちを汲み取る力。これらの課題を明確にし、コミュニケーション力の向上を図ることは医学教育の場でも喫緊の課題と思われます。

しかしながら、日本における医療コミュニケーション教育はスタートラインにやっと立っった情況です。

国内の大学医学部で医療コミュニケーションを単位に組み込んでいるのは、ごくわずか。その中でも取得単位は少なく、内容もまだまだ不十分です。

模擬患者の面談ロールプレイをVTRで検証する機会がありましたが、採点者が医療者であるため、外部評価ができていません。それでは、真のコミュニケーション教育とは残念ながら言えないと感じました。

核家族化もコミュニケーションが苦手な人間を生み出す要因になっていると考えられます。祖父祖母父母兄弟姉妹が家族単位であった時代、コミュニケーションが日々の生活の中で必要不可欠でした。つまり、意識的に学ぼうとしなくても必然的に身についていったのです。ところが、両親と一人っ子、そのうち父親はほとんど家にいない家庭が増え、人と向き合うことがなくなり言葉で伝えることが減っていきました。コミュニケーションがうまくとれない状況を生み出していたのは社会環境の変化によるものとも考えられます。

 

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「プラスライフプログラム」公式ブログができました

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